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本作の生みの親である松浦雅也氏と,ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイドスタジオ プレジデント・吉田修平氏によるスペシャル対談動画を公開しました。

吉田氏がインタビュワーとなり,1996年に発売されたオリジナル版のパラッパラッパーについて松浦氏に聞くという内容。松浦氏がミュージシャンからゲームクリエイターに活動の幅を広げた理由などが語られました。

パラッパラッパーとは?

初代PlayStation版『パラッパ』は1996年12月6日発売された。実は吉田がプロデューサーを務めた『クラッシュ・バンディクー』も同日発売。いずれも大ヒットとなり、その後パラッパとクラッシュはPlayStationを代表するキャラクターへと成長していく。

パラッパ生みの親 松浦雅也氏

松浦は『パラッパ』を制作する以前、PSY・S(サイズ)というユニットに所属し、アルバムもシングルもたくさんリリースしていたメジャーなアーティストだった。

開発にかかわる経緯

松浦は自分が携わってきた音楽がどのようなプラットフォームで供給されてきたかひとつずつカウントしたところ、アナログレコード、カセット、CD、ビデオディスクなど数え上げると、約30ものプラットフォームがありました。その中でも1990年代に存在感を増してきたのがインタラクティブな領域だったという。

その当時、MTVも流行していたが、ミュージシャンが映像に出演することに違和感を覚える人が多くいたそうです。松浦氏は音楽もコンピュータで作っていたため、音楽をつくり、他の人がCGを作るというコラボレーションのほうが面白い。そんな流れのまま90年代に突入したので、マルチメディアやインタラクティブという新しいテーマが出てきた時に「これだ」と感じたそうだ。

これはゲームではない

『パラッパ』を機に、ゲームの世界でも”音楽ゲーム”というジャンルが重要な位置を占めるようになった。しかし当初は周りのスタッフもどう扱っていいのかわからないソフトであったという。

「パラッパ」シリーズの生みの親が当時を、PS4®版を語る!